保険について

大きな安心をスピーディーにお届けする

 <以下の文章は、2005年の青森での衆議院選挙から東京へ帰って、保険代理店「安心ライフ」を開設したときに書いたものです>
 

今は保険業に重点を置いています

しぶたに修約15年の政治活動の中で現職として働いたのは4年5ヶ月に過ぎませんが、緩みの無い日々を送ったと自負しています。今は、足元を固めることが大事と思い、以前から資格はありましたが、「保険業」に重点を置いて活動をしています。
板橋に帰ってきましたら、たまたまある全国団体の保険を引き受けることとなり、それに対応するために昨年末、「安心ライフ」という株式会社の設立となりました。
ここでなぜ私が保険会社の代理店を経営するのかそのきっかけを説明しておきたいと思います。
15年前のこととなりますが、クリントン大統領の就任式に出席したことがあります。その機会にアメリカの政治事情について調べたのですが、地方議会の議員たちの職業の多くが、弁護士であったり保険業の代理店経営者が多いのです。

保険業と政治との関わり

弁護士は分かるが「何で保険業なんだろう」と素朴な疑 問を持ちました。いろいろな資料を読み、そして現地で聞いてみました。
そもそも、アメリカの地方議員は定数が少ない。ほとんど が10人以内でしょう。
当時、人口37万人のピッツバーグ市の議員定数は9名でした。日本なら定数が48名となる人口規模です。そこの議員たちの報酬は日本と比較するとわずかな金額です。ほとんどボランティアといってもいいでしょう。 「大したもんだな〜」と単純に思いましたが、よくよく考えてみるともし議員に当選すれば社会的評価が高まります。またネットワークが一気に広がる。それが自分の仕事の範囲の拡大、すなわち契約の拡大につながっていくのです。 議員の仕事自体が薄給でも現職の議員を経験することで十分もとが取れるのです。また、弁護士や保険業の人たちは職業柄、時間が自由になります。そして、どちらも人に触れる職業です。さらに、人々の生活の実情が分からないと相談に乗れません。そうした活動、それがすなわち政治活動の基本なのです。

「よろず相談」もやっています

私の場合、保険業から議員になったわけではありませんが、逆のコースで、議員経験を踏まえて保険業を本格的に始めることにしたわけです。
もともと中小企業団体の事務局、そして役員としての約20年にわたる経験がありました。
また、現職の議員のときも、商店街や経営者の皆さんと交流がありました。その関係の中で「よろず相談」に応じてきました。
私は、財務内容、経営内容を自分で分析しながら処理していましたから、単純な陳情処理ではなくコンサルタントだったのです。現在も城北商工センター理事長として経営者のいろいろな相談に応じています。また知人、友人が問題を抱えて駆け込んできます。そうした皆さんの困りごとの解決を図りながら、保険の相談にも乗っているというのが現状です。
保険代理店としてはまだまだ駆け出しですが、かつての選挙区を地道に歩きながら、多くの人々の役に立てればと 思います。

父は保険が嫌いでした。

父母は中国からの引揚者です。中国では満鉄の社員をしていました。終戦後300円ぐらいの預金を持って帰国しました。 当時で家一軒買える金額だったそうです。しかし、敗戦処理を進める政府は巨額の戦費を帳消しにするため、預金を凍結し「新円切り替え」そして「ハイパーインフレ政策」を実施します。 つまりお金の価値を一気に1000分の1などに切り下げるのです。政府は今でもそうした政策で国民の懐からお金を奪うことができます
こうしてせっかくの預金は「スズメの涙」になってしまいました。
その頃、生命保険や火災保険などに入っている人はまだ少なかったのですが、保険を掛けていた人たちもその政策の犠牲となりました。
父は、それから国を信用しなくなり、また保険も嫌いになりました。とうとう死ぬまで保険には一切入りませんでした。亡くなったときは、財産は全くありませんでしたが、ありがたいことに借金もありませんでした。そういう父の子である私がなぜ保険代理店業務を始めるのか。
今はいろいろなリスクに私たちは取り囲まれて生活をしています。基本は「自己責任で自分と家族を守る」ということなのですが、国が守ってくれないリスクからどうやって身を守るのか。

そこに保険の意味があります。

ユダヤ人の知恵

500年ほど昔のこと、世界が今よりずうっと危険だった時代。地中海ではキリスト教徒とトルコ人の間で大規模な戦争が繰り返されていました。 それよりもさらに昔に国を失ったユダヤ人は、ある国からは追われ、またある国では利用されるという生活の繰り返しでした。 ユダヤ人は生き残るためにキリスト教徒、イスラム教徒両方とつき合っていました。 それがまた両者から嫌われる原因にもなっていました。
ユダヤ人はいたるところで貿易を営んでいました。危険な海ですが、だからこそ巨額の利益を生みます。 どの商船にも必ずユダヤ人が乗っていました。そのためキリスト教徒やイスラム教徒の軍艦に捕まえられたり、また海賊船に襲われたりというのはしょっちゅうのことです。

保険が命を救う

しかし、ユダヤ人は貴重な捕虜です。というのは、たとえ本人が貧乏でもユダヤ人であればユダヤの救援組織が身代金を払って助けてくれたのです。 他の乗員は金にならなければ、放り投げられそのまま海の藻屑です。
ユダヤ人は、自分たちの貿易の全製品に特別税を掛け、それを元手にしてユダヤ人であれば誰にでも身代金を払って助けていたのです。
これはいまでいう保険です。こういう時代が300年も続いたのです。その中で財産を守るいろいろな方法を彼らは編み出しました。 保険という制度は、もともと国が守ってくれないところで大勢の人がお金を出しあい誰かに万一生活に困ることが起きたとき、本人や残された家族に保険金を支払う相互扶助の精神から生まれたものです。
その基本は今でも生きているのです。
私は人々の話に耳を傾け、それぞれの家庭の事情、そして経営の実情を聞きながら、それにふさわしい保険を提案していきたいと思います。

保険のことだけでなく、どんなことでも気軽に声をかけてください。

<こんなことがありました>
●ある店舗のご主人から火災保険に入りたいとの依頼を受けすぐ手続きをしました。その日の深夜泥棒に入られ、レジと鍵を壊されました。早速保険から修理費用などが支払われました。
●工事関係の会社が従業員のために休業補償と医療保障の保険に入りました。現場で事故があり労災保険の上乗せとして約90万円が支払われました。
●ある人が夜自転車で転倒し骨折しました。その話を聞き契約している自動車保険の内容を確認。傷害保険の適用となり約30万円の保険金が支払われました。
●会社の経営が順調で税金の負担がそれなりの金額になることが予測された会社に保険料が全額損金で処理できる保険を紹介しました。

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